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2008年07月 アーカイブ

2008年07月13日

ただいま!

皆様、約2ヶ月のご無沙汰でした。

5月の初旬のプチ鬱状態になったのですが、GW明けに本格的な鬱状態になってしまいました。

きっかけはよく分からないのですが、GW明けてクライアントさんの所へ出勤しようとすると、急に気分が悪くなり、取りあえずクライアントさんにメールで休む事を連絡し、そのまま起き上がれなくなってしまいました。

GWはスキーを楽しみ、最後の二日間はゆっくり自宅で過ごしてGW明けの仕事に備えていたにも関わらず、どういう訳か鬱になってしまったのでした・・・

やっと起き上がれるようになったのは7月初旬で、仕事は取りあえず置いておいて、溜まっているメールの処理(8,000通も溜まってた(T_T)、そのうち7,000通はSPAM!)や、毎月購読している雑誌等を読んで過ごすなどすることによって、少しずつ正常な精神状態に戻してゆきました。

ただ、鬱から復帰した時に、友達と夜中にも関わらず電話して長話をしたり、妻を相手にいろいろな事柄を大声でしゃべってみたりと、「躁状態」になっているのが分かりました。

間違いなく「双極性2型障害」ですね。

取りあえず来週も仕事を休み、部屋の片付けや書類整理などを行って徐々に社会復帰をしてゆこうと思います。

2008年07月17日

お約束の(?)の自己紹介(NHKのProject X 風に)再び

現在リハビリ中で、自宅事務所の整理整頓をしています。

毎日毎日、どこからこれだけのゴミがでるんが?というぐらい、すごい状況ですが、そんなこんなしてると、ふと数年前の本とか、思い出の品とかが出てきます。

引っ越しの荷物を荷造りしてたら、「あ〜、懐かしい。若いな〜」みたいなことがよくあるんじゃないかと思います。

で、今回もやっぱりありました。

To be Continued

自己紹介(NHKのProject X 風に)再び Part 1

 2001年5月23日(水)、招かれてCQ出版社という電子回路関連の出版社に行きました。目的は、当時勤めていたレクロイジャパン株式会社が販売するオシロスコープの新しい技術を紹介することでした。

 この出来事があった丁度10年前、私は岩崎通信機株式会社に勤務し、CQ出版社が発行している「トランジスタ技術」という月刊誌に記事を書き、最終的に単行本ができました。
 そのときのおそらく担当編集者のからから、10年ぶりにお電話いただいて、CQ出版社での講演となったわけです。

 その講演はおおむね好意的に運び、その講演を聞いていただいた方々(じつはトランジスタ技術の錚錚たる執筆陣で構成される電子回路研究会という会のメンバー)とは、二次会で質問攻めにあいました。

 で、なかなか面白い研究会だな、とおもって、その日のうちに参加することを決めたのです。

 そのときに、電子回路技術研究会の代表の方が、会報に私の自己紹介を書いていただきました。

(引用ここから)
 セミナーは、多くの方が待ちに待っていたレクロイ社の高速デジタル・オシロスコープ技術の紹介。レクロイ・ジャパンの國頭さんに講師をお願いしました。國頭さんは元・岩崎通信機でサンプリング・オシロなどを開発されていた方で、弊社刊「新・オシロスコープ測定技術のすべて」(共著)の筆者の一人でもあります(残念ながらこの本は絶版中。良い本ほど絶版になるのが早いとの噂もある)。
 國頭さんは、今回のセミナーにおける会の怪しげな雰囲気が気に入られた様子で、今回から電子回路研究会に参加されることになりました。詳しくは、本誌における自己紹介をご覧ください。心強い方の参加で事務局担当もうれしく思っています。
 デジタル・オシロスコープはもはや波形を観測するだけの道具ではなく、メモリ機能を活用した統計処理との組み合わせで、新たな応用範囲に利用されているそうで、ディスク装置などのラインではジッタ測定などに欠かせない道具になっているそうです。
(ここまで)

 なんか、褒めちぎられているので面はゆいですが、これが縁でその後も翻訳の仕事を頂いたりしております。

 明日は、ほんとの自己紹介を書きます。

2008年07月19日

自己紹介(NHKのProject X 風に)再び Part 2

 1962年生まれの39才。独身(注:2001年当時)。小学生時代はテレビの「ウルトラ・シリーズ」、特に「ウルトラ・セブン」に夢中だった。特に「腕時計型トランシーバー」は一番のお気に入り。自分もいつかこんな物を作って見たいと思っていた。中学生時代は海外放送を聞いては、受信確認証(通称ベリカード)集めに夢中。高校・大学時代はアマチュア無線にはまった。50MHzを中心に活動。「CQ Ham Radio」は毎月買っていた。自作も熱心で、2SC1307を使って10Wのリニアアンプを作って、まともに動いた時は本当に感激した。

 1984年に大学の電子工学科を卒業後、岩崎通信機に入社。サンプリング・オシロスコープの開発部隊に配属になった。当時の上司に分布常数回路及びマイクロ波のイロハと、文章の書き方を徹底的に叩き込まれた。半ベソをかきながら「修業時代」を過ごした。その甲斐あってか、1987年に最初に設計した製品が世に出た。素直にうれしかった。
 1988年、生まれて初めて飛行機に乗って海外出張を経験。つたない英語で二週間アメリカ・コロラド州で過ごした。普段しゃべっている言葉は違うけれど、エンジニアには「エレクトロニクス」という共通言語がある、と強く感じた。

 1994年11月、岩崎通信機を自己都合で退社。アルバイトで生計を立てながらプータロー生活を始めた。1995年1月17日午前5時46分、兵庫県西宮市の自宅アパートで阪神大震災に遭遇。幸いアパートは倒壊を免れた。自分もケガが無く、両親・兄弟・親戚一同も無事。不幸中の幸いであった。だがアルバイト先は地震でぺちゃんこ。なんとか機材を引きずり出して仕事を続けた。社長一人と私しかいない小さな会社だったが、社長に技術力があり仕事は面白かった。震災直後は、社長宅と私の自宅アパートが仕事場。自宅で半田付けしながらカレーを煮込んだり、社長宅とモデムで結んでファイルのやりとりをしたり、と普段では出来ない体験をした。ハードウエア・デバッグ用にと、岩崎通信機の昔の上司が、使われていないオシロスコープを貸してくれたりもした。人の好意が身にしみた。

To be continued...

2008年07月23日

【号外】阪神タイガースにマジック点灯!!!

ついに、我らが阪神タイガースにマジック・ナンバーが点灯しました!

マジック46

新井が戦線離脱したのは痛いなぁ、と思ったけれど、ちゃんと替わりが現れるのが今の阪神タイガース!

今日の巨人戦もがんばってや!

2008年07月24日

今、なぜに自己紹介なのか?

 このブログを読んでいただいている方々の中には、今、何故自己紹介を書いているのか?と思われる方も多いと思います。一応自分なりの理由があるので、ここに示しておきましょう。

 皆さんご存じのように5月のGW明けから約2ヶ月間鬱状態にありました。今までの感覚だと6月初旬には復帰できているはずなのですが、今回はそれが出来ませんでした。

 何故か?

 例の「秋葉原無差別殺人犯事件」が起きたからです。

 あの事件が起きたのは、まさに「鬱」真っ盛りのころ。

 「ああ、俺も同じことしよかな」
 「明日、秋葉で人殺して、自分も死のかな」
 「でも、あの犯人が俺で無くて良かった」

 いろいろな想いが交錯しました。正直あの犯人に「親近感」を抱いてしまったのも事実です。

 でも、でも、よく考えてみると、私は彼ほど「孤独」ではない、と悟ったのです。

 7月初旬にパソコンを立ち上げてメールを見ると、8,000通の未読メールの中に、私を心配してくれる人からのメールが沢山ありました。
 また、仕事上でご迷惑をかけた方々にもメールを打ったのですが、思いの外「優しい」メールが帰ってきました。

 そんな状況の中、自分の半生を振り返ってみたくなったのです。

 今しばらく、私の「自己紹介」にお付き合いいただければ幸いです。

2008年07月28日

自己紹介(NHKのProject X 風に)再び Part 3

前回の続きです。

 1995年4月、誘われてレクロイジャパン株式会社に入社。アルバイト先に居続けても良かったのだが、震災直後で人を雇う余裕が無かったようだ。レクロイジャパン株式会社では、大阪オフィスでサービス担当だったが、1997年に転機が訪れた。レクロイ本社が岩崎通信機と共同でデジタル・オシロスコープを開発することを決定。レクロイ本社と岩崎通信機の技術部隊の間に入って、コーディネーター的な仕事(『リエゾン』と言うらしい)をすることになった。選ばれた理由は、デジタル・オシロスコープの技術的な内容が理解でき、かつ英語がそれなりにしゃべれるということだった。

 1997年7月から10月までの三ヶ月間アメリカ・ニューヨーク州で生活をした。


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 ホテル暮らしだったけれど、当然ながら毎日英語しかしゃべれない。夕食をとるにも一苦労。会社の会議の席では、緊張で、皆が何を言っているか全く理解できない。そういう時に限って発言を求められ、しどろもどろになって大恥をかいたりもした。でも、エンジニアはエンジニア。回路図を書いて説明すれば多少英語がおかしくても理解し合える。そんなこんなでアメリカ人の友人もでき、週末は友人の家に遊びに行ってはビールを飲んでいろんな話をした。ビールも重要なコミュニケーションの手段になることを知ったのもこの時だ。ビール好きはどの国にも居る。ビールを飲めば恥ずかしさも消え、饒舌になる。ブロークンな英語であろうと身振り手振りでコミュニケーションが取れる。ビール好きで良かったと思った瞬間であった。

 10月に帰国すると東京転勤を命ぜられ、岩崎通信機の近所にアパートを借りた。なんとも皮肉なことに、辞めた会社にほとんど毎日通うはめになった。夜アパートに帰ると、アメリカの上司から電話がかかってきてこれまた英語で苦労の連続。日本に帰っても英語漬けの毎日が続いた。その後もアメリカ・日本の間を往復。パスポートがハンコだらけになった1999年1月、レクロイ・岩通共同開発のオシロスコープが発表された。直接設計をしたわけでは無いけれど、我が子のようにいとおしかった。発売と同時にヨーロッパを中心に爆発的に売れ、アメリカの雑誌で「Best in Test」という賞を受賞した。このデジタル・オシロスコープは新たなライン・アップを加え2001年1月にリニューアルして、今でもレクロイの主力製品の一群を担っている。

To be continued…

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