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秋葉原再訪と国宝阿修羅展(16)

 昨日、約1年ぶりに秋葉原に行ってきました。例の殺人事件から約1年経過したのですが、あの記憶がいまだ生々しく一人で行く自信がないので、友人に「引率」していただきました。

 なんとか秋葉原を歩くことができ、少し自信がついたかな。ありがとうございました、Sさん。

 その後、上野に移動して、今話題の「阿修羅展」に行ってきました。会場の東京国立博物館平成館に近づくと、なんと行列が!

Waiting_Raw_for_Ashura.jpg

 「70分待ちです」という係員の札にちょっと引きながらも、Sさんとその列に並びました。並んでいる最中に、ちょっと「ヲタク話(工業数学の話)で、盛り上がって、当初の予定通り(?)、約70分程度待ってから会場へ入って行きました。

 折角だから、女優の黒木瞳さんが耳元で囁いてくれる(^^)/、音声ガイドを500円で借りて、その解説を聞きながら、館内を巡って行きます。

 今回の阿修羅展は、奈良の興福寺のある、ほとんどの彫像を東京まで運び、展示してあります。

 仏教で言うところの、八部衆(インドで古くから信じられてきた異教の八つの神を集めて、仏教を保護し、仏に捧げ物をする役目を与えられた)、と十大弟子(仏陀の1250人の直弟子のうち、中でも優秀な10人の高弟)の像が、ガラス張りの箱に閉じこめられることなく、見ることができます。例えば、横とか背中とかを見ることが出来るんですよね。これはちょっとびっくりしました。

 70分待ちという待ち時間があるのは、おそらく、展示物がガラスなどで守られていないため、一度に入れる人数を制限している為でしょう。でも、それが故に、「思い切った」展示ができるのだと思います。

 クライマックスは、なんといっても阿修羅像です。直径10m程度の丸い台の上に置かれ、ガラスなどで保護されないまま、凛とした姿で立っています。その回りに、見学者が十重二十重に取り巻いて、阿修羅像の丸い台の回りをぐるっと回っています。つまり阿修羅像を360度堪能できるんです。

Poster_of_Ashura.jpg

 顔が三つあって、手が六本ある人間離れした像ですが、なぜか不思議と人間に見えます。また後ろから見た時に、結構腰の部分がくびれているのに気づき、なんとも女性的な趣もありました。
 ちょっと不思議な感覚です。

 その阿修羅像を見た後に待ちかまえていたのは、「木造四天王立像」。高さ2m近い像が4つ、まさに仏様を守るように立っています。迫力ありましたね。これもガラスなどで保護されていないので、横、後ろも見ることができます。
 造形も素晴らしく、鎧の模様も残っていて、とても素晴らしいものでした。

 そして、「木造薬王・薬上菩薩立像」。3m60cmもある巨大な菩薩像です。迫力ありましたね。

 いやー、大満足でした。

 現在興福寺は、江戸時代に焼失し、再建はされたものの、結局は解体されてしまった「中金堂」の再建を、創建1300年にあたる2010年から進めるとのことです。

中金堂再建勧進のお願い

 完成予定は2015年だそうですから、その時は興福寺にいって、これらの仏像を再度見てみたいものです。

 久々にこの手の展示会に行きましたが、とても満足して帰ってきました。たまには良いですね。こういう所に行くのも。

 上野では、まだまだ展示会が続いていて、次は、「大恐竜展」を見にゆこうかな。

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コメント (16)

はまちゃん:

わー凄い人.6月7日までですね.

信仰から来るのでしょうが,でも凄いですね.昔の人がこんな芸術的な創造をしていたとは.

はまちゃんさん:
>6月7日までですね.
 そうです。明日(6月1日)からは、毎日夜8時まで開館してます。
 一見の価値あり、ですよ。

>信仰から来るのでしょうが,でも凄いですね.
 興福寺が今の奈良の地に出来たのは、まさに平城京が遷都された710年のこと。仏教がまさに日本の国教として確立した頃です。あとは、国の安寧秩序を思って、時の権力者が作らせたのでしょうね。
 しかし、古い像になると、奈良時代(8世紀)、新しい物でも鎌倉時代(12世紀から13世紀)ですが、実物を見ると、その時代の職人達の心意気というか、息吹が伝わってきます。

JADE:

アキバより阿修羅の方が怖いんだが・・・

笑って読み飛ばしてもらえればうれしいな

JADEさん:
>アキバより阿修羅の方が怖いんだが・・・
 ん?どゆこと?

 まあ、個人的には、一人じゃないけどアキバに行けたし、次回はなんとか一人でゆけるんじゃないかと・・・

 阿修羅展は、ホントに良かった。足が棒のようになったけど、それだけの価値ありです。

いしー:

私も阿修羅展行きましたよ。

阿修羅以外にもいっぱいあってよかったですね。菩薩さんはでかかった。

みんな阿修羅展しか見ずに帰ってるけど、国立博物館の常設展示も見れるんですよ。

こっちもなかなかすごいんです。
埴輪や土偶や銅鐸など歴史の本で見たものの本物がいっぱいあります。
仏像も浮世絵もいろいろあります。
いくら時間があっても足りません。

いしーさん:
 ご無沙汰です。
>私も阿修羅展行きましたよ。
 あ、そうなんだ。一声かけてくれれば、私と二人で行くと、二人とも無料で入れたのに。
 何故かというと、「障害者手帳」を持ってるからです。
 もし何かの展示会とか行きたかったら、声をかけて下さい。お安く行けますよ。

>国立博物館の常設展示も見れるんですよ。
 知ってましたけど、もう二人ともヘトヘトで・・・

>埴輪や土偶や銅鐸など歴史の本で見たものの本物がいっぱいあります。
 そりゃ凄いねぇ。また機会があったら行ってみようと思います。

 しかし、上野の博物館は侮れない所が多いですね。是非、今度は恐竜展に行ってみよう。

湯ちゃん:

阿修羅は中性的で良いですな~。

やはり、人人人ですね。
入るだけで70分か~。

お疲れ様でした。

古いものは何かメッセージを受けなかったですか?ふふふ。

湯ちゃんさん:
>阿修羅は中性的で良いですな~。
 を、湯ちゃんさんは、男性は中性的なのがお好き?

>古いものは何かメッセージを受けなかったですか?ふふふ。
 なにか「ビビッ」て来るものを受け取ったってこと?

 ふふふ、内緒(^^)/

狩野ラワジフ:

 私も見ました、平日でしたが。「阿修羅の如く」の喩えが有るとおり、戦闘を好む怖い仏様とされているのですが、阿修羅像は違いますね。見ていて飽きない感じで、何とも不思議な仏像と云うのか彫刻です。

とし:

いいですね。
僕も毎年春に正倉院展の帰り道すがら、興福寺に寄って阿修羅を見ていますが、背中は見たことが無い。どうなっているんだとうと、勝手な想像が働きます。

やっぱ東京は人が多いね。

狩野さん:
>戦闘を好む怖い仏様とされているのですが、
 以下のURLには、そういう説明がなされていますね。
http://www.tctv.ne.jp/members/tobifudo/butuzo/28bushu/20ashura.html

阿修羅展の「音声ガイド」の黒木瞳さんは、
 「元々インドにいた、「異教」、つまり仏教ではない宗教の神様だったけれど、仏陀の教えを聞き、その考えにいつしか共感して、仏陀を守る「八部衆」の一人となった。その仏陀の教えにいつしか聞き惚れていた時の顔をこの阿修羅像は表しているのではないか。」
と解説していました。

 いずれにせよ、とても不思議な佇まいをしておりました。

としさん:
 初コメントありがとうございます。
>興福寺に寄って阿修羅を見ていますが、背中は見たことが無い。
 普通は、見ることはかなわないですよね。
 本文にも書きましたが、背中からみると、腰のあたりがくびれていて、まるで女性の背中のようでした。ですから、なんとも中性的な感じを受けました。ホントに不思議でした。
 70分待ちましたが、それはそれで良かったかな、と思います。

> やっぱ東京は人が多いね。
 もう仕方がないですね。政治や経済も何もかも東京が中心ですから・・・

狩野ラワジフ:

>「元々インドにいた、「異教」、つまり仏教ではない宗教の神様だったけれど、仏陀の教えを聞き、その考えにいつしか共感して、仏陀を守る「八部衆」の一人となった。その仏陀の教えにいつしか聞き惚れていた時の顔をこの阿修羅像は表しているのではないか。」

ほー。なーるほど。
 阿修羅のような危険きわまりない神様も、仏陀の教えに阿修羅像の如く少年か少女か分からない雰囲気となるのでしょうか。と斯くも謎が多く、見る者に色々と想像をかき立てる仏像であります。
 ところで、阿修羅展には明らかに外国人と思われる(この場合アングロサクソン系の意)人たちも見学していまいたが、キリスト教徒にはあの阿修羅像はどのように写ったのでしょうか。この辺も聞いてみたいところです。


 

狩野さん:
>阿修羅のような危険きわまりない神様も、仏陀の教えに阿修羅像の如く少年か少女か分からない雰囲気となるのでしょうか。
 どう考えても、あの場所にあった「阿修羅像」は、明らかに戦闘を好むような表情をしていませんでしたよね。
 本当に不思議で、見る者に色々な想像をかき立ててくれますね。

>キリスト教徒にはあの阿修羅像はどのように写ったのでしょうか。
 英語版のWikiペディアで阿修羅(Asura)を調べると、
http://en.wikipedia.org/wiki/Asura
 元々ヒンドゥー教における、力を求める(Power-seeking)神々(deities)と説明されています。また、時には、悪魔(demons)とも称されるらしいです。

 アングロサクソンというと、個人的にですが、「血なまぐさい」というイメージがあります。英語版WiKiペディアにあるように、もし、この「阿修羅像」にその「血なまぐささ」を求めてやってきたならば、ずいぶん戸惑ったのではないでしょうか?

 でも、ホントはその場で聞いてみたいところですよね。

DAN:

オンナのヒトが多いとか?(阿修羅展)
アタシも5,6本腕が欲しいですわ。W

阿修羅といえば、、、故向田邦子を思い出す。。。

DANさん:
>オンナのヒトが多いとか?(阿修羅展)
 うーん、どうだったかな???でも中高年の方は多かったですね。

>阿修羅といえば、、、故向田邦子を思い出す。。。
 「阿修羅のごとく」ですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/阿修羅のごとく
 でも、この展示会の「阿修羅像」は、あの「修羅場」とは無縁に思えます。

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2009年05月31日 09:27に投稿されたエントリーのページです。

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