あの事件は忘れられない(3)
「おまえさん、まだ書くの?」と言われそうだが、どうしても書いておきたい。文体を変えたのも、自分にとっても重たい事だからだ。
未だに、「あの時あそこに居たのが、自分でなくて、本当に良かった」と思っている。
「あの時」とは、2008年6月8日のことであり、「あそこ」とは「東京都千代田区外神田」通称「秋葉原」である。月曜日になると、どの報道機関も、あの事件、「秋葉原無差別殺傷事件」の事を語り始めるはずだが、今の内に書いておきたい。
どうしてもあの犯人と自分がかぶるのだ。皆が「お前とあいつとは違う」と言ってくれてはいるが、本当にそうなのか未だに自信が持てない。
彼はとても孤独だったようだ。職場でも孤独だったようだし、ネットに殺人予告までしたのに「レス」が付かなかったそうだ。現実の社会でも孤独だったし、それを癒せると思った「ネット」の世界でも「孤独感」を味わってしまい、結局「殺人」という形でしか、自分を表現できなかった・・・そして、彼は今もって、誰とも話そうとしないらしい・・・その為に、裁判が開けないかも知れない、とも聞いた。
彼の孤独感は、人と「コミュニケーション」を取ることまで奪ってしまったようだ・・・
「人とのコミュニケーション」を拒否することは、私に取っては苦痛だ。その苦痛があるからこそ、もしかしたら、私は彼のようにならなかったのか・・・
ただ、「うつ」の時だけは違う。「うつ」になると、「コミュニケーション」を取ることが逆に「苦痛」になる。まあ、暫くすると、元に戻るのだが・・・
人は一人では生きて行けない、と思う。だから色々な人との出会いを大切にしてきた、と少なくとも私はそう思っている。最終的に「別れ」てしまった人も沢山いるのだけれど。
年齢とか性別とかは関係なく、人生の色々な場面で沢山の人と会った。
小中高の先生方や同級生・先輩・後輩。大学のゼミの先輩・後輩。担当教授。会社に入ってから出会った職場の人たち、同僚・先輩・後輩。アマチュア無線で出会った人たち、バイク・ツーリングの旅先で出会った人たち。ネットで出会った人たち・・・
そして、振られた女性数知れず・・・
孤独な時もあったけれど、それ以上に出会いや別れがあったような気がする。こういった「出会い」「別れ」を彼は経験したのだろうか?
もしかしたら、このあたりが「キー」なのか?
結論は出ないと思うが、あの事件はまだまだ、私の心の中に「ひっかかり」を残してゆくだろう。それだけは、間違いないと思う。






















